忠臣蔵で有名な吉良邸跡には吉良の首洗いの井戸が残るのみ

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忠臣蔵で有名な吉良上野介義央公の屋敷は浅野匠頭守による殿中松の廊下の刃傷事件のあと、1701年に鍜治橋の屋敷から屋敷替えを命じられ、松平登之助の屋敷を拝領して建設されたものである。

上屋敷ということもあって、屋敷の敷地は広大で134m x 63mの広さ(2550坪)があったようです。昭和9年に元両国3丁目町会有志会が発起人となって、29.5坪の住宅地を購入し、住居を撤去して昭和9年3月東京市に寄附しました。これが現在の本所松坂町公園として都指定旧跡となっています。

本所松坂町公園

本所松坂町公園

本所松坂町公園には高家を表すなまこ壁や長屋門を模したコンクリート壁と門が再現されており、公園というよりかは、吉良邸跡の一部のような感じになっています。

 

公園内には吉良上野介義央公の座像が鎮座しておりました。これは1690年頃に吉良上野介義央公自ら作らせた座像を参考に作られたそうです。

最近は忠臣蔵も再検証されていて、吉良上野介義央公は事を荒立てず、穏便に済まそうと尽力していたという解釈もあるようで、実際のところはどうだったのだろうと思いを馳せてしまいます。

吉良上野介義央公

吉良上野介義央公

 

園内には松坂稲荷などがありますが、一番注目してしまうのは「みしるし洗いの井戸」でしょうか。生々しい映画のシーンなどを思い出してしまいます。

みしるし洗いの井戸

みしるし洗いの井戸

 

最寄り駅はJR総武線 両国駅(徒歩5分)若しくは東京都営地下鉄大江戸線 両国駅(徒歩10分)となります。

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