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技術

明治150年記念 日本を変えた千の技術博で二度と会えないものと出会えた

明治150年記念 日本を変えた千の技術博は2018年10月30日から2019年3月3日まで東京の上野公園にある国立科学博物館で開催されていた技術博覧会でした。

日本各地の大学・研究機関や企業などから、600を超える点数の貴重な科学・技術の遺産を集めて展示したとのことで、中でも、「重要文化財」や「化学遺産」、「機械遺産」、「情報処理技術遺産」、「でんきの礎」、「未来技術遺産」に認定された展示は圧巻という触れ込みだったので、見学に行ってしまいました。

原器

メートル原器

最初に目についた展示はメートル原器でした。残念ながらレプリカでしたが。。。

本物のメートル原器は白金イリジウム合金製で世界で30本作られたうちの一つだそうです。

本物は独立行政法人 産業技術総合研究所が所有しており、関東大震災や太平洋戦争など幾多の困難を乗り越えてきましたが、残念なことに、1983年の第17回国際度量衡総会で、メートルの定義は「1 秒の 299792458 分の 1 の時間に光が真空中を伝わる行程の長さとなってしまい、お役御免になってしまいました。

メートル原器
メートル原器

キログラム原器

キログラム原器は日本には副原器も合わせて3個あるそうで、こらも独立行政法人 産業技術総合研究所が所有しているとのこと。

キログラム原器のすごいところは、7つの基本単位のうちキログラムだけ、”原器”とぃう存在が最後まで残ったということです。

2018年に定義が改訂されましたが、メートル原器に比べて、定義がとても複雑です。

キログラムはプランク定数の値を正確に6.62607015×10のマイナス34乗ジュール・秒(Js)と定めることによって設定される。

キログラム原器
キログラム原器

同時に海外から日本に原器を輸送するときの容器も展示されていました。

運送容器
運送容器

乾電池

乾電池は何と日本人の発明でした。

屋井 先蔵さんという方が発明されたそうで、浅草に乾電池工場を作り、乾電池王と呼ばれるまでになったそうです。

残念ながら、後継者がいないということで、昭和25年に廃業となってしまいました。

日本乾電池
日本乾電池

自動式電気釜

電気釜は以前から販売されていましたが。日本初の自動式電気釜は東芝から発売されたそうです。

実際に発明したのは東芝の協力会社であった株式会社光伸社の三並義忠社長で開発に3年かかったとのことです。

日本初の自動式電気釜
日本初の自動式電気釜

国産旅客機

国産旅客機というとYS-11ですが、本物は流石に展示されていませんでした。

日本航空機製造が製造し、旅客機や海上保安庁、自衛隊でも使用されていたが、2006年に旅客機用途での運航が終了してしまいました。

自衛隊の中では航空自衛隊で改造をほどこされた現役が残っています。

YS-11
YS-11

ロータリーエンジン

こちらは、マツダのコスモスポーツです。

1967年から1996年まで製造されたこともあって本物が展示されていました。

少し大人の方には『帰ってきたウルトラマン』で防衛チームMATの専用車両「マットビハイクル」として馴染みがあるかと思います。

何故、この車が展示されていたかというと、量産車両として国産初のロータリエンジンを搭載した車両ということでした。

マツダ コスモスポーツ
マツダ コスモスポーツ

電話機

電話の歴史コーナーです。

公衆電話

最近はめっきりご無沙汰となった公衆電話が展示されています

最初に置かれた公衆電話は目立たせるという意味もあって、赤色の公衆電話が登場。
その後、公衆電話ボックスというのが発明され、その中に置かれた公衆電話は青色でした。
当時は電話料理が高く、10円硬貨だけではすぐに切れてしまうということから、黄色の100円硬貨専用モデルがでました。

残念ながらこの黄色電話は苦情の嵐となってしまいました。100円を入れて、間違い電話をしてしまってもお釣りも戻ってこないという仕様でした。
これを教訓にカード式公衆電話が開発されたとも言われています。

公衆電話
公衆電話

携帯電話

携帯電話の初期型はショルダー式とも言われ、カバンのように肩にかけて持ち歩いていました。
そもそもは車載用として開発が始まったので、あまり大きさにはこだわらなかったというのもあったようです。

携帯電話
携帯電話

ポケットベル

携帯の前に爆発的ブームとなったのがポケベルです。
本来は外にいる人にかけてほしい電話番号を知らせるために開発されたものです。
最終的にはアルファベットやカタカタが送れるようになりました。

ポケットベル
ポケットベル

録音機

録音するデバイスの展示コーナーです。

オープンリールデッキ

やはり最初に登場するのはオープンリールデッキです。

こちらはリールに磁気テープがセロファンテープのように巻いてあって、映写機のようにテープを走行させて録音、再生をする機器でした。

その後、オープンリールは扱いが面倒であることから、リールそのものを入れ物に入れた、カセットテープが登場。

オープンリールデッキ
オープンリールデッキ

ウォークマン

そのカセットテープデッキを再生機能だけに絞り、極小化したものがSONYが開発したウォークマンです。

カセットテープとほぼ同じ大きさのカセットテープ再生機は爆発的大ブームとなり、外で音楽を楽しむという文化が定着したと思います。

残念ながらその先のハードディスクタイプやメモリタイプのものは展示されていませんでした。

ウォークマン
ウォークマン

電子計算機

最後はいわゆる電子計算機のコーナーです。

電子卓上計算機

電子計算機というと目につく登場は電子卓上計算機でしょうか。

このあたりから電子回路の集積化が始まり、メーカー間で如何に小さな電卓をつくるかという競争が始まったような気がします。

この電卓戦争はマイクロプロセッサの進化にも寄与することとなり、これが、いわゆるパーソナルコンピューターにつながっていきました。

電子卓上計算機
電子卓上計算機

パーソナルコンピューター

黎明期にはいろいろと出てはいましたが、爆発的人気を最初に取ったのは、日本電気株式会社(NEC)が開発したPC-8001でしょうか。

BASICという言語に近いプログラム言語を搭載したことによって、個人がいままでマシン語の16進数を入力していた時代から、スクリーンエディタでプログラミングできる時代になりました。

NEC PC-8001
NEC PC-8001

PC-8001は8ビットマイクロプロセッサを搭載していましたが、ビジネス向けということで、インテルの16ビットCPUである8086を搭載したPCをNECが開発、PC-9801として販売。これもブームとなり、国民機と呼ばれるまでになりました。

ビジネス向けということで高解像度に対応したり、漢字ROMを搭載して24ドットの感じを画面に表示したりと、互換性を保ちながら、グレードアップしていきました。

NEC PC-9801
NEC PC-9801

日本語ワードプロセッサ

一方で特定のアプリケーションを搭載したパソコンのようなものとして、日本語ワードプロセッサが開発されました。

こちらはいわゆるマイクロソフトワードのようなワープロソフトのみが搭載されていて、文書作成に特化して使われました。

プリンターなども搭載されており、小型化を進めるにあたり、熱転写プリンターなどいろいろな方式のプリンターも開発されました。

日本語ワードプロセッサ
日本語ワードプロセッサ
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